2017年3月 1日 (水)

いつもの朝に

図書館で借りた本で ヒットがでました
最近打率あがってます
 いつもの朝に 今邑彩
初めて読む作家さんです
兄弟ものときいて 遠慮しそうになったのだけど
本がきれいだった ということだけで選びました
そうしたら 2日で読んでしまいました
昼休みに読んで 仕事中も続きを読みたい! 
と思ったのはひさしぶりです
話にひきこまれるというか それで それで って感じで
登場人物もわるくない 終わり方もわるくない
兄弟の話だけど お母さんがいいなぁ
このお母さんになれるなら 子供を育てることができるかもしれない
変な感想だけど 違う作品も読んでみたくなりました

2017年2月28日 (火)

今日も借りてきました

図書館で 何冊も本を借りてます
こんなに本が読めるなんて幸せです
1度に4~5冊借りてるのですが
そうなると たまに はずれ や これ昔読んだ 
本も混じったりもします
題名みただけでは 思い出さなくて
読み出して あっこれ読んだ って感じです
ハードカバーは図書館から持ってかえるだけでも重いんで 
借りる前に1~2ページはちょっと読もう と学習しました
さて 読んだ本ですが
 5年目の魔女 乃南アサ
この人の本は好きなのだけど 今回情景があまり浮かんできませんでした
 雪が降る 藤原伊織
やっぱり この人の書く人物は熱い心の持ち主で大好きです
短編だったんで のめり込みたい私には物足りなかったけど
お昼休みに読むにはちょうどよかったです
 間宮兄弟 江國香織
泊まり勤務の合間に読んだ本です
たんたんと読めました 
合間向きな本です
あと2冊借りてましたが
小説と思って借りたらエッセイでいまひとつだったのが1冊と
以前読んでた本が1冊です
図書館ではとりあえずといった感じであまり吟味せずに借りてくるんで
プチヒットはあるけど ホームランがなかなかでませんねぇ
でも 普通なら買わないような本も図書館だったら
借りて読めるんで こんな球がホームランに! 的な本に
出会えるのを楽しみに借りまくります

2016年10月26日 (水)

電車での居眠り

最近帰宅する際先頭車両を使う。友人情報によれば蒲田で高確率で席ゲット。この時間でホームページのネタを書いたりするのだが、疲れているせいか寝てしまう。今日は隣のおっさんに二度ほど突き飛ばされ目が覚めた。気をつけなきゃ。

2016年6月10日 (金)

成功のイメージ

私は仕事をする際に、『成功のイメージ』を大切にしています。
自分の中で成功のイメージが固まるまでは、
部下の稼動を極力さげ、プロジェクトを静の状態にします。
ゴールが見えない状態では、不要な進軍を行わないわけです。
(当然、少数精鋭の斥候は放ちますが・・・)

2016年2月 1日 (月)

よく勉強すること

常に勉強は続けなければいけない。一つのことについて何不自由なくこなせるようになると、大抵の人はそこで満足してしまう。しかし、本当の成長とは、実はそこから始まる。それは、学び知識としたことは、既に過去のモノだからである。過去誰かが想像し系統立てたモノを自分で学び修得しただけで、自分はそこから抜け出ていない。つまり、ようやく過去の人に追いついたに過ぎないのである。 学んだ事を自分の実生活に活かすには、過去につくられたモノを学ぶだけでは活用できているとは言えない。時代が違うからである。また情報も知識も世界中から得られる今世紀に、「これで良い」というポジションなど、決してありえないのである。 そういう建設的な考え方が持続できる人が、ある時とても大きな業績や発明をしたり、些細な事でも生活が楽になったり豊かに感じられたりするものである。 脳の老化防止にも丁度良いので、頭は使い続けるのが賢明だろう。   何かを学ぶ際には、そのものだけにこだわってはいけない。より深く学ぶためにも、より広範囲な情報からのエキスを活用することにより、全く思いもよらないヒラメキを得られることがある。 氣功の世界でも同様で、太極拳や導引功でも良いが、そればかりおこなっていると、実は井戸の中の蛙状態となっている自分に気がつかないものである。 たった一つの流派でも、学べば学ぶほど奥が深くきりが無いかように感じられるが、目の前の壁を乗り越える早道として様々な横の知識や経験がモノを言ってくる。 仕事の段取りや要領を得るのも、その業界の専門職ややたらと長く染まっている人に限って変化の無い毎日を送っている場合が多い。そこに異業種からヒョコッと能力のある誰かが参加すると、大幅な進歩や改善ができたなど、例には困らないほどある。   よく学ぶこと 自分のもっていない才能をこころよく受け入れること 自分を疑うこと   重要な事をあげてみました。

2015年11月20日 (金)

週の半ばから

風邪をひいておりました。
現在は多少の咳と多少の息苦しさを残すのみとなり、週明けには完治の予定です。
「早いうちの薬の服用・出来るだけ早寝・よく食べる」という対策を打ったせいか、熱も出ず、あまり深刻な状況になりませんでしたー。
でもこの風邪のせいで、今週の予定を3つもキャンセルしてしまいまして、本当に申し訳なかったです。。。体調管理の不備を情けなく思いました。
季節の変わり目だろうと、いくら忙しかろうと、常に良い体調でいたいものです!

2015年9月 2日 (水)

海軍人造り教育

先日実家に行った折り、タイトルの本があったので自宅に持ち帰って今読んでいる。といっても社会人になる前に一度読んだものなので、再度の読破になる。本自体は随分古く、父が読むために買ってきたものらしい。
改めて読んでみると、まだ世間を知らない当時の私が読んだ時に感じることのなかったものを覚えた。「海軍士官たる前に紳士たれ」をモットーに旧帝国海軍士官を育てた海軍兵学校の教育は、あの忌わしい戦争終結後60年たった今でも通用するものが多々ある。まさに自分のバイブルになると思いながら読んでいる最中である。
一番感じたのは、教官の訓話である。推察するに恐らく30歳代中盤から40歳代前半にかけての人材が教官として兵学校で後進の教育に努めていたようだが、彼等は人間として素晴らしい。部下の統率のためには何が必要か、あるいは自己を磨くためには勉強が必要、また与えられた任務を「運が悪い」と思えば人間それ以降の成長はない、等を人生の半ばにして悟っている。当たり前といえばそれまでだが、またこれらを表現する言葉の使い方も素晴らしい。精神的成長をしていない私にとっては本当に恥ずかしい思いだが、今の同年代の人間でここまではっきりと言える「何か」を持っている人間はいるのだろうか?とふと疑問に思ってしまった。
いずれにしても、この本の中には私が今後生きていく上でのヒントが隠されているような気がする。私の本の読み方はかなり偏っているのだが、今回ばかりは「飛行機などの無駄な知識」ではなく、人生の中で必ず役に立つものがあると思う。

2014年3月 6日 (木)

谷内六郎の絵

具象画の傑作だと思っています
本人は、画家ではなく、マンガ家といってました (「駄菓子屋派の巨頭になるのが夢」が、口癖でもありました) 
1956年、文芸春秋漫画賞の第一回受賞者です
 
子供の頃は、「週刊新潮」の表紙や、カレンダーなどで、しょっちゅう目にしてながら、少し濁った色とか、ひび割れた粗雑な塗面や、拙い輪郭線が、どうも嫌で(アウトサイダー・アートもどきに思え)、惹かれる事はなかった
ところが、大人になり随分経ったある頃、直球でドォーンと心に入ってきた
(宮沢賢治のとりこになった時も、そうでしたが)
 
幼い弟と少女の表情や、風景、家並みも、何もかもが、ソワソワと音を立てて、匂いも光も風と共にやってきました
何度見返しても、とっても時間が経っても、印象は全く薄まらず、ソレラが、胸をかきむしり、締めつけます
 
彼は、何か一つのニュアンス=アイデアを探し、それを鍵に描いてたそうです

2013年12月10日 (火)

どのくらい成功・効果があったものを載せてるの?

ハピタス攻略ガイドはで独自に以下のような条件を設定し、実際に私が各プログラムに参加して一定条件以上を満たしたもののみ掲載してます!実際に以下の効果が認められなければ掲載はしないので、当サイトにあるプログラムは全部効果がある上質なサイトを厳選しているわけです♪
以下に、その条件を載せておきます!
全部共通
1.私自身が半年以上そのプログラムに参加している
2.対応が的確で丁寧
3.振込み・懸賞当選賞品の郵送などに遅延がない
4.情報の保護・セキュリティー対策が万全である
メールでゲット
1.プログラム単体で10000円以上の収入があった
2.メールが送られてくる間隔があきすぎる事がない
3.ポイントが加算されなかったことがない
4.確実に収入の振込みを確認できた
懸賞でゲット
1.懸賞に5回以上当選した
  現金10万円以下の景品がない場合は例外
3.当選した賞品が確実に郵送されてきたことを確認できた
携帯でゲット
1.ポイント系は「メールでゲット」に同じ
2.懸賞系は「懸賞でゲット」に同じ
広告でゲット
1.プログラム単体で50000円以上の収入があった
2.バナー表示の速度がストレスを感じない程度はやい
3.ポイントが加算されなかったことがない
4.確実に収入の振込みを確認できた
この条件を満たしたサイトしか紹介していないので、上質を保っています。

2013年11月 8日 (金)

久しぶりに…

久しぶりに、創業から現在に至る話を綴ります。


***


リストラ計画の一環というか、当時の社長の急な要望で、営業担当の人件費を変動費化させ、業務に支障来さずに、リストラを実行していくことが当初の創業の目的だったと以前言及しましたが、創業することを機にやりたい事を本筋に据え、新生会社としてスタートしました。

その準備をしていたところ、元いた会社から最初に提示をうけていた条件が、大幅にかわり、一気に大変になり、その中で国民金融公庫に相談して、断られた事までは綴ったと記憶しています。


***


売上の20%が営業代行費。

これが、元いた会社の社長が自らが提示した、私たちが独立する際の委託費の条件でした。

それが、業務の粗利益の折半となったことで、一気に計画が立たなくなった。

おおかたの営業数値は把握していたものの、如何せん費用が人件費と通信費、場合によっては外注費となり、実施側が「これだけかかっちゃった!」と言われれば、それに従わないといけなくなり、実際いくら請求できるんだ!が当初は見えない状況でした。

おまけに、売上の20%を前提に新会社での給与や役割を決めていたために、人件費も妥当なのかどうなのか解らず、また、少なくすると新会社自体が回るか(人が残るかどうか)という不安にも駆られ、どきどき状態でした。

また、入金のサイトも業務料金の入金確認ベースなもので、資金繰りも大変だった。

ただ、自前で当時はコールセンターを抱えているわけでもなく(当初からそのつもりはない)、人数も少なかったので、何とかしのげました。


このあたりまでは、綴りましたね。。。


***


ここからは、その後です。


***


私たちの会社の当時の給与体系は、業績給と固定給の二本立てで、業績給の比重を高めにとっていました。

実質利益の幾割かを社員に還元する方式をとっており、それを3カ月毎に見直していました。

当初の半年は数値が読めずに大変でしたが、それを超えた頃から業績が悪ければ、給与も減ります。

あわせて私の役員報酬もかなり減らしました。

元々私の役員報酬は、顧問社労士先生の「何かあったら社長が全責任を負うので、多めにもらってそれに充てた方がいい」というアドバイスを受けて、前職並みの報酬額にしていました。

が、それをやめ一気に半分以下にしました。

これにより、私の給与は小口現金となりましたが…。


***


これも寄与し、ようやく7カ月経過したの9月から単月黒字となりました。

もちろん、メンバーの努力の礎で可能だったのですが、念願の月次黒字収支に移行しました。

10月は、若干のマイナスでしたが、11月以降は黒字基調で、12月に第一回目の決算を迎えました。


***


「この調子でいけば、やりたい事できるね!」

これが12月に当時、右腕だった部長横山君と呑んだ時の会話だった。


私の中では、本当にやりたい事は、時間とお金がかかるので、もう一つ収益の柱を立てようと通信販売事業を取り組もうと横山部長と考えていました。

私の前々職が商社だったので、良質の原料が格安で手に入る。これを利用して、通販事業に乗り出す予定だった。

«都市銀行って…1

無料ブログはココログ